瀬戸内カヤック横断隊


TENSION 井上好司

計画書のない海旅

不思議な7日間だ。海旅から多くのものを賜る。仕事のようなものだ。少なくともレクリエーションではない。
瀬戸内とは言え初冬の海は厳しい。極めてストイックな旅を強いられる。すばらしい景観・国立公園の景勝地が
多々ある中、とにかく目的地に向かって前に進むことを最優先とする7日間。14次である今年は小豆島の西端に
あるヘルシービーチが集合場所。一昨年、12次に初めて使われた浜だ。毎年交互に出発地と目的地を入れ替える。
目的地は山口県上関の祝島。横断隊とは切っても切れない縁のある島。距離はおおよそ260km。
?	航海の計画は7日間の日程(11/18-24)と集合場所、目的地が決められるだけ。海上保安庁にはこれだけを
事前に伝え、海保もそれを受諾する。前日集合場所に集まるまで誰が参加するのかわからない。何人集まるのか
隊長ですら知らない。7日間毎日リーダーが変わる。前日夜に隊長から明日のリーダーが指名される。

当然のことながら登山で言う所の「山行計画書」のような物は作らない。その日の気象条件で航海ルートは
変わるしその日のリーダーの考え方よっても変わる。1日目のビバーク地すらおおよそこの辺りとは
イメージできても事前には決まらない。今回の1日目のビバーク地が笠岡諸島の小島という小さな島になるとは
出発時点でだれにも想像できなかっただろう。もちろんリーダー本人にも。だから計画書のようなものは
作れないといった方が正しい。

海上にはトレースは残っていない。山行記録のような物をネットで探してもありはしない。あったとしても
そんなものは参考にならない。海は天候・潮汐などの組み合わせで毎日変わるから。リーダーを担当する日は
その人にとって究極のナビゲーション訓練とリーダー修行をする一日となる。
横断隊には明確な参加資格というものはないが、大雑把に言うと、装備・漕行・生活技術のすべてにおいて
自己完結できる事。プラスαとして、ついて行くのではなく自身でルートプランニングができることが望ましい。
あとは10日以上の休みが取れる事。一般的に漕ぐ7日間の前1日と後ろ2日の移動日が必要になる。
但し、途中参加途中離脱は認められている。

標準的な横断隊の一日

前日夜に隊長から指名されたリーダーが明日朝出発前に行われるブリーフィングの時刻を決める。
6時半ごろが多い。各メンバーは出発準備のすべてを整えてブリーフィングを迎えなければならない。
起床時間は自由。ブリーフィングに間に合えばいい。朝食を取る取らないも自由だ。そこに縛りはない。
ブリーフィングではその日のリーダーから、地図を見ながら今日一日の天候・潮汐・行程のイメージが
告げられる。前夜リーダーに指名された者はおそらく深酒を控えて予習に専心する。以前は当日朝に
リーダーを指名していたこともあったらしい。それなら全員がリーダーを務められるよう予習をして
おかなければならないことになる。

11月下旬の瀬戸内では6時半はまだ暗い。ヘッドライトを点灯させながらのブリーフィング。出艇は7時前に
なるがその時点ではヘッドライトのいらない明るさになっている。時々ヘッドライトを付けたまま海に
出るものがいて笑いものになる。

特別条件が悪くない日については最低限30km、標準40km、行けるならそれ以上の距離を稼ぐことがリーダーに
課せられる。手漕ぎであるシーカヤックは潮と風の影響を受けやすい。追い潮・逆潮、追い風・向い風で
スピードが全く変わる。多島海である瀬戸内には島と島に挟まれた狭い海域(これをまさしく瀬戸という)を
通らねばならないところもある。有名どころでは「しまなみ海道」。しまなみにはその名も恐ろしい「舟折の
瀬戸」と呼ばれる難所もある。そんな瀬戸には逆潮の時間帯には入れない。突っ込んでも前に進めず
ルームランナー状態になるのだ。「潮待ち」をする場合もある。

約1時間漕いで10分程度の海上休憩を繰り返すが時には上陸してトイレ休憩。昼飯時には30〜50分程度の
ランチ上陸休憩。16時頃を目安にその日夜を明かす浜を決めて上陸。
上陸してまずすることは各人の艇を満潮ラインの上まであげる。満積載した艇を一人で動かすことは無理なので、
1艇につき4〜6人で担いで移動する。身体はインナーまで全身濡れている。かぶった海水と汗。
だから浜に上がると冷たい。全艇移動を済ませたら次に流木拾い。焚火の燃料集めだ。朝の7時頃から
約9時間漕いできて疲れ切っている身体に鞭打って歩きにくい浜を遠くまで歩いて流木を集める。

焚火に火が付いたら火に当たりながら着たまま服装を乾かす。少し乾いたら1枚ずつ脱いでいって
インナーまで乾かすのだが、その前に暗闇が迫る。ヘッドライトの用意がないとこの後えらいことになる。
火から離れて自分の艇まで行ってライトを装着。本当ならそこでテントも出して張りたいところだが火から
離れると寒くてすぐに焚火に戻りたくなる。

人によって様々だが僕はまた焚火に戻ってインナーまである程度乾かしてから艇に戻る。もう真っ暗。
艇に戻って着替え、艇の近くにテント設営、明日の為の行動食の補充とマップケースの地図の入れ替えなどを
済ませてから食事の準備をして焚火に戻るのがいつものパターンだ。焚火に当たって酒を飲みながら食事を
作って、みんなで焚火を囲んで一緒に飲み食いする。至福のひと時だ。

一息つくのが20時ごろ。その頃から今日の反省会が始まる。当然のことだが飲みながらで良い。
リーダーから一日の振り返り、感想や反省の弁。他の者から質問、説明、賞賛等々。この反省会は中身が濃い。
とても重要。反省会の締めは隊長から明日のリーダー指名。明日のリーダーから明日のブリーフィング時間が
告げられて一日が終了する。

今年集まった参加者は11名。少人数だが動きやすい手頃な数だ。前半は比較的穏やかな予報だが、終盤に冬型の
気圧配置が待っている。祝島を前にして厳しい海況が予想される。最後の海峡横断ができず完漕できないことも
ありうる。さてどんな海旅になるか?

この続きは「瀬戸内カヤック横断隊」のブログにアップします、たぶん年末までにはアップできると思います。
もし興味ある方がおられればそちらへどうぞ…


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