槍ヶ岳北鎌尾根報告


山の会 カランクルン 林 孝治


槍ヶ岳山頂に、到着。登山者が拍手で迎えてくれた。

北鎌尾根は槍ヶ岳から北に向かって延びる尾根で、槍ヶ岳に至るルートの中では一番難しく、 登山史にもたびたび登場するクラシックルートです。  北鎌尾根へは高瀬川の源流、千天出合から取付くのが古典的なルートで、 私も無雪期、積雪期合わせて、4〜5回ここから取り付いています。 しかし、現在、取付きへのアプローチが荒廃しているうえ、渡渉やヘツリが多くて、 取付きまでが核心部というべき、かなりハードなルートになっていて、 最近はこのルートをとる人は少ないようです。 それで、近年は中房温泉から燕山荘を経由して、大天井ヒュッテに至り、 その少し先の貧乏沢を下って、天上沢に降り立つというルートがとられることが多いようです。 そのほかに、上高地から槍沢小屋に至り、水俣乗越から天上沢に降り、 北鎌沢出合いまで下るというルートもあります。 今回、私たちは車の回収を考えてこの上高地からのルートを取りました。 私はこのルートは初めてです。 7月14日 連休初日、朝イチで上高地に入りました。 天気予報は、早くも梅雨が明け、連休中の晴天を告げていたので、たいへんな人出です。 また、歩き始めは少し肌寒かったのですが、すぐに陽が刺してきて汗だくになりました。 順調に進んで、槍沢ババ平のキャンプ場にテントを張ってBCとしました。 通常は北鎌沢の出合で一泊して、翌日、槍ヶ岳に抜けるというのが普通ですが、 私たちは明日、このBCから軽量で出発して、北鎌尾根を縦走して槍ヶ岳に登り、 24時間以内にBCに帰着するOne day ascent (ワンデイ アッセント)に挑戦する計画です。 ババ平のキャンプ場は、夕方にはキャンプ場の真ん中に人一人が通れるだけの道を残して、 テントがぎっしり張られていました。 7月15日、ちょうど0時にBCをスタート。しばらく、行くと水俣乗越分岐で、ここからは槍沢から分かれ、 水俣乗越を目指して急な登りが続きます。 水俣乗越からは天上沢に向って下りで、最初は急なガレガレのルンゼを下ります。 そこからは雪渓も残っており、闇の雪渓上ではルートが判然とせず、少し時間をロスしました。 天上沢が広くなるところに出る頃には、空も白んできて、槍ヶ岳のシルエットが近くに見えました。 伏流の天上沢を下り、北鎌沢の出合に到る。北鎌沢は左から入ってきて、 一直線に北鎌沢のコルに突き上げているので、見逃すことは無いでしょう。 小滝の連続する沢芯を快適に登って高度を稼ぎます。北鎌のコルが近づくと、 豊富な水量も急激に枯れてしまいますから、早めに補水しなければなりません。 この先は、槍ヶ岳山荘まで補水は出来ません。 この頃には、表銀座の稜線を越えて顔を出した太陽が容赦なく照らし、脱水気味で消耗してきました。 ここからは槍ヶ岳まではたくさんのピークがあり、それを右から巻くか、左から巻くか、あるいは正面突破をするのか、 ルートファインディングが難しい。 もちろん、鎖やはしごや道標やテープなどはありません。 かすかに登山者のトレイルやケルンがあることはありますが、それが必ずしも正しいとは限らないので、 あてにはできません。また、森林限界を越えているので、日陰がなく、強烈な太陽に晒されました。 これは計算外でした。大阪では猛暑が続いていたのですが、3000mに近い稜線では、涼しいくらいで、 快適な縦走が楽しめると思い込んでいました。稜線上でも炎天下では気温は30度以上あるでしょう。 行動中は、脱水が進みパフォーマンスが低下し、休憩も多くなります。 それで、明るいうちに槍ヶ岳を越えるのが困難になってきました。 ワンデイ・アッセントをあきらめビバークサイトを探しながら歩きます。 独標を越えて、そのあといくつピークを越えたことでしょう。 あるピークを越えたところに、快適なそうなビバークサイトがありました。 まだ、明るいのですがこの先、どこでビバークできるかわからないので、ここでビバークすることにしました。 軽量化のため、クライミングギアの他は、雨具と行動食とジェットボイルだけです。 雨具を着込んで、ごろんと横になります。陽がかげってきましたが気温は高い。 一段下がっているので、風もよけられると思ったのですが、 両側の岩峰に当たった風が方向を変えて体に当たり、徐々に体温を奪われます。 ザックの中の防水用の90Lのゴミ袋を取り出し、頭からすっぽりかぶり、 足はザックに突っ込みしのぎました。しばらくはこれでしのげたのですが、 明け方は寒くて、日の出が待ち遠しかった。 7月16日、明るくなってきたので、「さあ、涼しいうちに槍ヶ岳を越えるぞ」と勇んでビバークサイトをスタート。 2時間くらいで、穂先の登攀に掛かれると思っていましたが、まだまだ、アップダウンが続きます。 ところどころ、以前の記憶が蘇るところもありましたが、ほとんど覚えておらず、 ルートファインディングも難しく、思った以上に時間がかかりました。 槍ヶ岳の穂先は、3級程度で易しいといわれていますが、ルートを誤るとグレードは跳ね上がるし、 落石の危険もあります。慎重に進んで、頂上に飛び出して、北鎌尾根は終了しました。 強烈な太陽に、両手の甲は日焼けでやけど状態になり、パンパンになり、 完治するまでに時間を要しましたが、楽しい山行でした。
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